愛〜直江兼続
幼少期

 永禄3年(1560年)坂戸城(新潟県南魚沼市)主、長尾政景(上杉景勝の実父)の家臣・樋口兼豊の嫡男として生まれた。幼名を与六という

 彼が5歳の事件を発端に激動の運命に身を投じる事になる。

 永禄7年(1564年)長尾政景と上杉の重臣・宇佐美定満が、坂戸城近くの野尻池で舟遊び中に2人とも溺死するという事件が起きた

 定満が政景を抱きかかえながら池に飛び込んだという噂がたち、両家の家臣が斬り合う騒ぎとなった

 さらに政景の子、義景と卯松(のちの景勝)を拉致して立て籠もるという騒動に発展したが、上杉謙信が派遣した春日山城の兵により

 鎮圧され、義景と卯松は無事に救出された

 のちに政景夫人・仙桃院(謙信の姉)に見い出され、与六は卯松の近習に抜擢され、主従関係になったのである

 天正2年(1574年)15歳の与六は景勝に随行し、坂戸城から上杉家の居城・春日山城に移った

 翌年に景勝は実子のいない謙信の養子になり後継者候補になるが、謙信には、もう一人の養子がいる。上杉景虎である

 景虎は相模の戦国大名・北条氏康の七男で、景勝の姉を夫人としている

 この2人の養子が、後に越後を二分する戦乱の主役になるのだった


直江兼続特集TOP
山形県デリヘル検索